一度離れて気づいた
エムケーカシヤマの
魅力
摩擦材開発
K.Hさん

兵庫県で育ち、大学から長野県暮らし

お生まれはどちらですか?

生まれたのは京都ですが、15歳ぐらいで「天空の城」として有名な竹田城のある兵庫県朝来市に引っ越し、高校生まで過ごしました。子どものころは木工などのモノ作りが好きでした。あと、父が家のガレージで車の整備をしたりしていたので、それを見ているうちに自分も車好きになりましたね。それで、高校卒業後に信州大学の工学部に入学して、1年生のときは松本市、2年生からは長野市で暮らしました。それ以来ずっと長野県に住んでいて、いまは佐久市の安原から会社に通っています。エムケーカシヤマに入社するきっかけとなったのは、大学の合同会社説明会です。そこで、エムケーカシヤマが自社でブレーキパッドを開発していることを知り、もともと車好きだったこともあって、面白そうだなと思い入社試験を受けました。

入社試験はいかがでしたか?

普通に、適性検査とSPIと面接でしたが、エムケーカシヤマは面接が2回あって、その2回目に副社長が出てきたのはびっくりしました。何社も受けましたが、そんな会社はここだけでしたので(笑)。それで無事合格して、入社しました。

一度退社してから、もう一度エムケーカシヤマに再入社

入社して最初に配属されたのはどの部署だったのですか?

最初から摩擦材開発でした。入社した当初は車の摩擦材の開発研究をやっていたんですが、2、3年目にエムケーカシヤマが産業用機械向けの摩擦材を本格的に手掛けることになり、そちらに移りました。産業用機械にもいろいろあるんですけど、このとき私が担当していたのは滑車、歯車、チェーンなどを組み合わせて重量物を持ち上げるチェーンブロックですね。港の積荷の上げ下ろしや作業現場などで使われる機械です。車のブレーキパッドの摩擦材でしたら、困ったことがあったとき社内のベテランの人に訊けばある程度のことはわかるんですが、産業用機械と車では、同じブレーキでも動摩擦と静摩擦の違いがあり、その原理が根本的に異なるので、アプローチが変わってくるんです。

具体的になにかトラブルなどはありましたか?

無事に製品を完成させることはできたのですが、量産試作を開始したら、その生産工程でいくつかの不具合が出てきました。このときは、自部署だけでなく、製造や設備など他の部署の人にも協力していただき、なにが問題の要因なのか意見を出し合って、密にコミュニケーションをとることで問題を解決しました。その経験があるので、いまでも仕事をしていくうえでコミュニケーションを重視しています。また、仕事というのは一人でできるものではないので、できるだけ周りの人のことを考えて働くというのを意識しています。

その後は、どのような経験を積んだのでしょうか?

じつは、わたしはチェーンブロックの摩擦材の開発も一段落した入社6年目に、一度、エムケーカシヤマを退職しているんです。同じ長野県内にある大手の製造系企業に転職したんです。ところが、その会社は大手ゆえに仕事の自由度や裁量権がなく、自分の意見が通りにくい環境だったんですね。ある程度は最初から予測していたんですが、やはりだんだんと息苦しくなってきて、転職してから2年目にエムケーカシヤマに戻ろうと思ったんです。

簡単に戻れるものなんですか?

元上長だった人に電話して、「じつは悩んでいて、戻りたいと思っている」と相談したら、「じゃあ、戻ってこいよ」と、すんなり受け入れてもらえました。それから、すぐに復職した感じですね。エムケーカシヤマには、一度辞めてから戻った人が私以外にも何人もいるんですよ。そういう意味で、懐の広い会社だと思います。エムケーカシヤマに再入社して、また同じ部署で産業用機械の摩擦材の開発研究に戻ったんですが、自分にある程度裁量権があったり、主体的に動けるエムケーカシヤマが自分には合っているんだなと改めて思いました。そういった会社のほうが、自分がやっていることの手応えを感じやすいですし、なにより働いていて楽しいですね。

これまでエムケーカシヤマで働いていて、 一番手応えがあったことはなんですか?

当社で行っている検査は、わりとアナログな部分も多いのですが、これからはデジタル化も必要だと感じていました。それで、実車試験という実際の車に製品を搭載して実験する工程があって、これまではずっとドライバーさんにアンケートをとることで製品の評価をしてきたんです。それをある時、センサーなどをつけてきちんと数値でも測れるようにしようと私が提案したら、採用されたことですね。そういった提案を頭ごなしに否定されることなく、ちゃんと説明すればしっかり受け止めてもらえるのが、エムケーカシヤマのいいところだと思います。

仕事と趣味を両立できる職場環境

現在、住まわれている佐久の魅力はなんでしょうか?

日当たりがいいことですかね(笑)。あと、軽井沢も近いですし、東京にも1時間10分程度でアクセスできて便利ですし。それから、同じ県内でも長野市よりも車が混まないのもいいですね。私のように他県から来た人のなかには、寒さを感じる人がいるかもしれませんが、確かに冬は寒いは寒いですけど、耐えられないというほどの寒さではないです。だから、佐久で暮らしていて、とくに困ったことはないです。

プライベートは、どのように過ごされているのですか?

趣味がキャンプとスノーボードで、以前は月一回ぐらいで県内の近隣でソロキャンプをしていましたし、スノーボードは仕事終わりに、白樺湖のゲレンデまで毎週通っていました。17~18時ごろに仕事が終わって、佐久から白樺湖までは1時間くらいですので、そこから20時くらいまで滑って、帰ってくるという感じでした。キャンプは没頭できるところがよくて、スノーボードは爽快感がいいですね。そうした仕事と趣味を両立できる職場環境というのも、エムケーカシヤマの魅力のひとつだと思います。ただ、2023年に年子どもが生まれてからは、まったくキャンプもスノーボードも行けなくなりました(笑)。子どもが生まれる前は仕事の時間以外はすべて趣味に使っていたんですが、いまはそれが全部、子育てになっています。でも、子どもがもう少し大きくなったら一緒にキャンプも行けますし、スノーボードはそろそろ一緒にやろうかと思っているので、これからが楽しみです。

近年、エムケーカシヤマでは育休などの制度が充実していますが、いかがですか?

最初に入社したころよりも、どんどん充実してきていますよね。今後もさらに充実していきそうなので、これからエムケーカシヤマに入ってくる人にとっては、さらに働きやすい環境になってくると思います。

今後、どういう人にエムケーカシヤマに入ってきてほしいですか?

向上心がある人ですね。それと、私が再入社して改めて感じたように、自分のやりたいことをある程度自由にできたり、自分の提案をしっかり受け止めてもらえたりするのがエムケーカシヤマのいいところですが、逆にいえば、自分で考えて動ける人でないと働いていくのが難しいかもしれない。言われたことを、ただ受け身でやっていればいいという会社ではないので。だから、自主的に動ける人に入ってきてほしいですね。

今後、会社にはどうなっていってほしいですか?

この先、会社として長く存続していってほしいので、給与面や福利厚生の面なども含めて、若い世代の人たちがずっとこの会社で働いていたいと思えるような会社になれるといいなと思っています。